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編集後記
リレー小説「小倉記念病院受診顛末記」

 本日は日本を代表する作家のせんせい方にご参集いただき、登場人物をあやつり小倉記念病院の循環器科を受診をしてもらいました。(注、あまり意味のない中川の言葉遊びの雑文ですから忙しい方はバックボタンをクリックしてください・・・)

一番バッター、五木寛之せんせい
「織江!」
 信介は南小倉駅で荷物の整理をしている間に、織江がいなくなったのに気付いた。
「織江のやつ、小倉記念病院に行くつもりだな」
 信介は急いで田村から借りたボストンバッグの中に織江が忘れていったハンドバッグを入れると、紫川の方向へと向かった。
 信介が織江を見つけたのは、丁度織江が貴船橋を渡ろうとしているところだった。織江は信介の姿に気付くと一瞬逃げようとしたが、なぜか再び信介の方を振り向いた。
「馬鹿野郎! 一体何を考えているんだ」
「信介しゃんなんかに、うちの気持ちは分からんとよ!」
 信介は思いもかけなかった織江の言葉に、思わず、つかまえた織江の手を放した。

二番バッター、川上宗薫せんせい
 吉川は小倉記念病院の正面玄関に繋がる貴船橋の上に立っていた。貴船橋が架かる紫川といえば、「立派な橋がたくさん架かる川」として、あまりにも有名な川だが、全ての人が一様にその様な感じを受けるものかというと、あながちそうと断定できるものでもないのだ。それは、市民にはわからない市長だけの感覚かもしれないし、その逆かもしれない。
 吉川は貴船橋を渡り終えると廻りを見渡して、「たしか小倉記念病院の記念とは大正天皇の即位を記念しているのだったな」と思った。
 しかし、今から受診しようとする自分にとって、その事柄はそれほど重要でもないことに気付いた吉川は病院の玄関を目ざして再び歩き始めた。

三番バッター、野坂昭如せんせい
 正面玄関にたどり着いたヒロシ、あまりの暑さに少し閉口し待合のソファーに身体をあずけて休めば胸痛も少し和らいでくる。彼の胸痛、今日の暑さより昨日の旅館での深酒の乱痴気パーティーの方が原因なのは言うに及ばず。時々突き刺すような痛みに襲われながらヒロシは漸く循環器科受診の受け付けをすませる。
 待つこと小一時間、ようやく名前を呼ばれたヒロシ、診察室に入り医師と向き合う。医師の醸し出す穏やかな雰囲気が彼の気持ちを和ませる。医師の傍らに微笑む看護婦の容姿端麗なること言うに及ばず。

四番バッター、フロイトせんせい、高橋義孝訳による
 その患者の症状を皆さんにお話する前に、その患者が私に語った患者自身が見た夢の話をせねばなりません。患者は私にこう語ってくれたのです。
「私は気が付くと胸をかきむしって苦しんでいました。なにか暗い闇の中を彷徨うような気持ちでした。もがいていると一筋の光がすうっーと刺し込んできたのです。ニトログリセリンを口にすると嘘のように再び眠りに帰ったのです」
 さて皆さん、ここまでくるとあなた方の中には、この患者の夢の内容が、私がこれまで述べてきた「リビドー」の観念で容易に分析できると考えるひとが出てくるでしょう。もちろんそれはそれで正しいのですが実際、この夢の重要な部分は、ニトロを用いると症状が軽快した処に隠されていたのです。その理由については次の講義の時に詳しくお話したいと思います。

四番バッター、宇能鴻一郎せんせい
 そうなんです。あたし、この病院に入院してるんです。初めは病院なんかに行くのは、とっても厭だったの、あたし。だって恐ろしかったんですもの。でも、今考えてみると、この病院に早く来て良かったような気もするんです。あたしって、よくなったんです、ほんとに・・・・。PTCAを受けたのね。狭心症だったの、知ってる? この病気のこと。冠動脈が詰まっちゃう病気なの。そこを拡ろげて流れるように治した訳なの。分った?

五番バッター、庄治薫せんせい
「薫さんじゃないの?」
ぼくは驚いてじっとこのなんていうかイカレたようなすごい美人の顔をまじまじとみつめた。彼女は、ぼくの手を握ると夢中になって自分の病気のことを語りはじめた。ぼくは彼女に引きずられるように話に入っていった。
「心臓病は生活習慣病でね、動脈硬化で詰まった悪い血管を治すのも大切だけど、本当に大事なことは理解されていないのね。日頃の食事が決め手なのよ!」
ぼくは女性と多くつきあってきた方で(もっとも、どこからが多く、どこからが多くないかは、良く分らないけれども)知り合いの女性はたくさんいるんだけど、この女性ほど自らに厳しさを求める人は知らなかった。
今日は退院の日。彼女はぼくの手を掴んで(本当に掴むという表現がピッタリなほど強く)病院の正面玄関をでて貴船橋のほうに足早に歩き始めた。きっと、明日からの生活での病気との闘いへの挑戦の意志を表現するかのように。

あとがきにかえて
 多くのせんせいも早期受診、早期診断、早期治療の大切さを説いてくださったように思われます。それではこのあたりでさようなら。

中川義久

 
 
 

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