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編集後記
回転寿司とインターネット医療の深い関係

「へい! いらっしぇーい!」
「よっ、大将も元気」
なじみの鮨屋に行きました。
「何かおすすめの美味しい魚ある?」
「そうだねえ、今日はいいアジがあるねえ。そうそうトビウオもいいのが入ったよ」
「いやぁ。ちょうどよかった。青身の魚が大好きなんだよね。まずは、刺身にしてくれる」
「へい。よろこんで!」
 鮨屋では、このように店の主や、板前さんと会話をしながら食べるのも楽しみの一つです。楽しい会話は食欲を増します。また、魚についてや料理についても教えてくれます。黙って食べていては、鮨屋のカウンターに座った意味がありません。
 街には寿司屋の新規開店が続きます。それは回転寿司です。大量仕入れと冷凍保存により、良い食材を安く提供する。それが回転寿司の宣伝文句です。どこの回転寿司も賑わっています。休日の昼時には待たなければ食べられません。
 普通は、従来の鮨屋と回転寿司の違いは値段の違いと考えられているようです。確かに一部の従来型の鮨屋では、とても(不当に)高額で二度と足が向かない店も存在するのは事実です。しかし、私の経験では、回転寿司でも美味しいものを食べれば必ずしも安くはなく、従来の鮨屋もすべてが高いわけではないのです。また、最近は値段が多少高くても高級志向の回転寿司が増えてきているそうです。
 では、回転寿司と従来の鮨屋の違いは何処にあるかを考えるに、食べるために会話を必要とするか、しないかが最大の違いではないでしょうか。また、皆さんお気づきと思いますが、「すし」の漢字ですが、自分としては会話しながら食べる店が「鮨屋」で、グルグル回る皿を黙って取って食べるのが「回転寿司」とさせてもらいました。回転鮨は何かピンとこないのです。
 最近、日常生活で会話を必要とすることが減りました。コンビニで買い物をしても、まったく言葉はいりません。だまって商品をレジに置き、表示された金額を払うだけです。ハンバーガーなどのファーストフード店も同じです。一見、「いらしゃいませ、こんにちは」とあいさつをしているようですが、マニュアル通りの言葉が発声されているだけです。店員が心から「いらしゃい、この店に来てくれてありがとう」と思っているのではありません。機械がしゃべっているのと同じです。
 世の中の人が、みんな他人と会話するのが苦手になってきたのかもしれません。鮨屋で会話するのがおっくうだ。回転寿司なら黙って自分の好きな皿だけ食べていれば良いから気楽だ。回転寿司だけでなく、お金を借りるのも機械に向かって借りれば会話はいりません。
 一方、病院で日頃患者さんの診察をするときに、会話が大切であるのはおわかりでしょう。医師と患者さんが向き合い、病状について、いつ頃から、どんな症状が、どんな風に出現してきたのかを訊きだすのです。これを問診といいます。心臓病の場合には、問診だけでも半分以上は診断がつきます。また、単に病状だけでなく、患者さんの不安の度合いや、生活環境などの情報も会話から拾い出し、治療方針を決めるときに参考にしています。
 近頃、外来で新患の患者さんと話をしていて感じることがあります。特に若い患者さんで、喋ることができない人がいるのです。黙って座っているだけです。こちらが質問したことにだけ答えるのです。それも答えが文章になっておらず、単語をひとこと発声するだけなのです。医療は、人と人の心が最も触れ合う世界なのです。言葉なしにはなりたたちません。
 こんな会話のない社会が楽しいのでしょうか、会話をして情報を交換し、さらに感情を伝える。これは人間が他の動物と違い人間である最大の特徴であるはずです。その人間の根本である会話がない社会になってゆくのは残念な気がします。
 インターネットを通じた医療も今後は進歩してゆくでしょう。しかし、そこでは会話が不要な無機質な医療になってしまう可能性があります。このような方向に進むのでは意味がありません。医療の進歩ではなく退歩になってしまいます。インターネットによって事務的な情報をやりとりする手間が省略され、医師と患者さんが心を通じ合うために時間が十分にとれる、これがインターネット医療の理想的将来像ではないでしょうか。

中川義久

 
 
 

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